2017/10/30.Mon. 14:14

五感を駆使して「ヒットする」音楽に仕上げる マスタリング“名人”の技術と感性 Vol.2

株式会社JVCケンウッド・ビクターエンタテインメント ビクタースタジオFLAIR所属 マスタリングエンジニア川﨑 洋 さん

1960年、新潟県生まれ。1982年、日本ビクター株式会社カッティングセンターに入社し、アナログレコードのマスタリングエンジニア(カッティングエンジニア)としてスタート。1989年、ビクターエンタテインメント株式会社(現 株式会社JVCケンウッド・ビクターエンタテインメント)ビクタースタジオ FLAIRに移籍。マスタリングエンジニアとして現在に至る。
http://victorstudio.jp/flair/

Vol.2(後編)

マスタリングの空間と五感を駆使したコミュニケーション

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“カッコいい”の基準は川﨑さんですか?

まず初めに自分自身の感性に従って提案、次にアーティストと対話、要望を再現してみせながら、良いところを採用して仕上げていきます。

例えば、ある歌手の商品を作るとして、自分だったら商品としてこうあって欲しいという感覚に従ってまずアプローチします。自分自身のベクトルを保ち、左寄りなのか右寄りなのか、何が最もカッコいいのかを考えてアーティスト側に提案します。

本人から「もうちょっと、こうしてほしい」という要望があがったとします。自身の感性に照らして「違う」と思っていても、要望に従って調整をします。すると、「あ、やっぱり違うわ。さっきの状態に戻して」というやりとりになることは結構あります。

入社2年目の頃に、ある有名ギタリストの方と初めて仕事をした際の話です。
「川﨑さん、この曲は『かかし』っていうタイトルなんだよ。夏の暑い日に農家のおじさんが畑を耕しているんだよ。空は青空で。そのおじさんが畑を耕しているような音。あ、一つ付け加えると、おじさんは白いてぬぐいを腰にぶら下げていてさ。そんな音。」とオーダーされました。
そこで「わからない」と答えては負けだなと思って、夏の暑い日にピーカンで青空で手ぬぐいか…と、イメージしながら調整をして「これでどう?」と聴かせてみると、「そう、それそれ」っていう返事だったんですよね(笑)。

以来、アーティストのイメージしていることを聴いて、そのイメージを反映することを大切に、コミュニケーションしています。

音楽を作るために、聴覚だけでなく五感を駆使しているんですね?

視覚もですが、味覚の甘い・苦いも音のイメージをつかむために使いますし、触覚の硬い・柔らかいも使いますね。嗅覚は…。タバコの煙なのか、葉巻なのかで違います。五感を駆使して音楽のイメージをやりとりしています。

人によって感覚の表現はさまざまです。アーティストと交わす音楽イメージは結果、五感に寄っているケースが多いです。

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いろいろなジャンルを経験することが音創りに影響していますか?

僕の中では、ロックでも、演歌でも、クラシックでも、ある意味、一定。五感の中の視覚に例えると、左右スピーカーを合わせて一つの額縁だとして、例えば、メインは誰だろうと瞬時に考えています。「歌ものだから、声の輪郭をはっきりさせよう」だとか、「ロックだけど歌謡曲よりだから、歌をもっと前へ出すか」と、絵的な要素で配置を考えているようなイメージです。

例えばカメラでメインの被写体に対して絞りを絞っていくと、前後の風景もはっきりとしてきます。全体をはっきりさせたいのか、メインを際立たせて周りはぼかしたいのかを瞬時に考えていると思ってください。

マスタリングを通して、時間・空間・人間の‟間”について思うことがありますか?

アーティストと仕事をする時の、人と人の現実の距離感は、ここまでと決めています。突っ込みすぎない。
アーティストに現実に近づき過ぎることが、心理的にのめり込むことにもつながるのでしょう。自分自身の音楽が出てこなくなってしまうと、マスタリングエンジニアとして仕事になりません。仕事をするための距離であって、飲みに行くなら違いますよ(笑)。

アーティストに寄り添って同じ視点で見るのではなく、あくまで客観的なポジションに自分の感覚は置いています。

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空間については、いかがですか?

ここに7つあるマスタリングルームはほぼ同じ間取りですが、部屋(エンジニア)ごとに設置している音響システムはまったく違います。同じスピーカーを置いている部屋でも違います。

KAWASAKI Roomに持ち込まれた音楽ファイルはプレイボタンを押して音が出た瞬間に、音が大きい・小さい、こもっている・シャキシャキしている、歌が大きい・小さいなど瞬時に判断できます。
ところがほかのエンジニアの部屋で聴くと、その判断そのものが曖昧になるんです。

部屋の見た目は同じですが、音響システムはそれぞれの好みで設計されているので音の反射や吸音の状況がまったく違います。

僕にとって、ここKAWASAKI Roomで聴く音楽の音質判断を100点満点だとすると、ほかの場所で聴くと80点くらいの判断力になってしまいます。
音にとっては空間が非常に重要です。オリジナル空間でないと、作業もチェックもできません。毎日このオリジナル空間のこの位置で音決めをしています。

実はこの部屋の壁面は均一に吸音素材が張ってあるように見えますが、吸音、反射も自分で確認して細かく調整しました。ここに反射板を置けば低音がもっと伸びるはずだと思えば、実際に板を置いてみて、音が伸びすぎるからと板を短く切ってみてということを繰り返して、すべてを決めた状態で大工さんに仕上げを頼みました。

時間について言えば、この空間は時間の推移がわかりにくいですね?

時間を意識することはあまりないですが、作業時間が長くなるとマスタリング作業に対してアーティストもスタッフも、僕自身も集中力が欠けてくることがあります。タイミングをみて休憩を提案しています。

夜中まで仕事をしているように思われるかもしれませんが、マスタリングは案外に早い。アルバムによって、2日要るのか3日要るのか、事前にスケジュールしますしね。

1曲30分として、10曲だと5時間というところ。
プレイボタンを押して音が出た瞬間から判断・調整をして10分ほどで提案。アーティストのイメージなどをやりとりして調整して10分、決まったものを取り込んで10分というくらいです。5時間くらいなら続けて作業します。

「メシどうします?」って聞かれて、「帰って食べます」と僕が答える。…聞いた人は、「あぁ、がっかり」なんていうこともあったりして(笑)。

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感性を維持するために必要なこととは?

遊びですね。どれだけ遊ぶかが大切です。朝、誰よりも早く起きて、遊びに行って、飽きたら帰ってくる。

なんでもいいんですが、例えば写真を撮りに行く。紫陽花の時期なら、鎌倉の長谷寺に早起きして行く。あそこは朝8時から開いたかな。8時に入って9時には出てくるくらいでないと混んでしまってダメ。遊ぶためには一生懸命です。

リラックスするとか、のんびりするのとは違う遊び。つらいけれど面白い遊びですね。
最良の瞬間に出会うことを期待して同じところへ何度も行くという楽しみ方もします。
例えば、同じお台場の花火でも、自由の女神の側から撮ろうとか、晴海から撮ってみようとか考えます。同じ花火でも表情が違いますから。

遊ぶことで得た感性をどう仕事に反映していくかもありますし、ここへ来るアーティストと、短いですが雑談することで「そこ、行ったんですか?」と、ぐっと距離感を縮めることにつながったりしています。

僕にとって視覚的なことは作業に大きな影響を与えてくれているものです。さらに味覚で言ったら甘い・辛い、触覚だと硬い・柔らかいといった五感もかなり駆使しているのだと思います。

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編集後記

スタジオの「マスタリングルーム」は音が漏れない環境であるため、完全な密室です。マスタリングは、アーティストとディレクターといった限られた人々だけで進められていく作業であり、その中心になるのは「ヒットする商品」作りをベクトルとする川﨑さんの感性です。ビクターエンタテインメントは「音楽は人が創る」として、“人”に価値を置いているそうですが、その意味がよくわかる取材でした。多くの有名アーティストから絶大な信頼を受けている“名人”は、アーティストの感性を、五感を駆使して理解しながら、ブレることのない判断をしていました。自身の感性は「真剣に遊ぶことで養う」という話も示唆に富んでいます。

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