
2018/11/08.Thu. 23:23
世界にわずか600人ほどの調香師の中で 独自に香りの可能性を追究する“発明家” Vol.2
調香師
クリストフ・ラウダミエル さん
1969年、フランスのクレルモンフェラン生まれ。1986年、フランス国内の高校生を対象とした化学オリンピックで優勝し、ストラスブール(仏)の化学専門欧州高等研究所を卒業。マサチューセッツ工科大学、ハーバード大学を経て、日本企業にインターンとして来日していた時期も。香りと出会い、調香師の道へ。ラルフローレン、トム フォード、ビヨンセ、トミー ヒルフィガー、マイケル・コースなど世界に名だたるブランドの香りを創造。革新的なラボ「DreamAir」の創立者で、グッケンハイム美術館の香りのオペラ演出や、ベストセラー書籍をもとにした映画『パフューム ある人殺しの物語』の調香も担当。
2017年には、ロサンゼルスで初開催されたインスティチュート・アート&オイルファクション・アワードで「Exceptional Contribution to Scent Culture(香り文化への多大なる貢献賞)」を受賞。生物物理学者で“匂いの帝王”とも呼ばれるルカ・トゥリンに「彼は現代で最も優れた香りの発明家である」と言わしめた。
Vol.2(後編)
五感の中の嗅覚の位置づけは
視覚と並ぶ重要な感覚
調香師として、嗅覚以外で五感に優先順位をつけるとしたら?
私個人ですか、それとも一般的な脳の話ですか?
ブラウン大学には、五感を専門的に研究している科学者がいます。
一般的に、嗅覚は視覚と同じぐらい、または2番目に重要という結果が出ています。
聴覚、触覚、味覚よりも上位なのです。
我々がものごとを決定したり、意見を見出したり、パートナーを選ぶときでさえも、「匂い」は大事です。
着るものや、日々をどう過ごすかを決める際にも、嗅覚は視覚的要素と同じぐらい重要、または2番目に重要だといわれています。
嗅覚を失うことは人間にとってとても悲劇的です。視力を失うことよりもトラウマになります。人にとって視覚と嗅覚はとても大事なのです。
私自身は、ビジュアルなものに反応することが多いです。
他のパフューマーと比べても、臭いに過剰に反応したり、「臭いから行かない」と避けたりはしません。自分が何を嗅いで感じているのか、理解したいという気持ちがあります。
さまざまな香りに囲まれていることが好きです。
洗剤やコンディショナー、食べ物なども(笑)。
視覚は2番目に大事だと思いますか?
私にとっては、視覚は嗅覚と同じぐらい大切です。
プライベートでは特に。ビジュアル重視の人間です。
聴覚に関しては…、音楽は好きですが、音痴なんです。
カラオケには誘わないでくださいね(笑)。シャイなわけではなくて、ただ音痴なのです。
歌のレッスンを受けたこともあるのですが、どうしてもキーが外れます。
映画を観ても、終わったら何も覚えていません。何かの授業を受けたとしても、まったく内容を覚えていない。自分のメモを読み返して、見て、書いて、初めて覚えることができます。耳を通して記憶することができません。
なので、音の重要性は低く、音を通じての学びということもあまりありません。
私にとっては目と鼻が1番2番。そして指が3番です。触覚ですね。
触覚も大事なのですが、触覚から得られる情報は限られています。
人に触られると、固まってしまいます。たぶん子どもの頃、あまり触れられなかったからだと思います。まぁ、それは違う話になってしまいますが。
私にとって触覚が3番、そして耳が4番目です。
味覚に関しては…、味覚のほとんどは嗅覚です。
あとは甘いか酸っぱいかなど、大事ですが、私はそれほど重視していません。
食べるときも、何かを取ってみては興味がなかったら戻してみたり。好き嫌いが多いわけではないですよ。そう、味覚と嗅覚は一緒だと思いますね。
特定の空間を調香する場合、そこにもともとある香りは調整しますか?
空間に強烈な匂いがある場合は調整します。例えば狭い廊下や空間などでは。
でも、基本的に私が手がけるのは最上級の空間なので、そのようなことは稀です。
カジノなどには時々変な臭いがありますが。
強烈な臭いがある場合は、知っておかなくてはなりません。
正式なプロジェクトとして、タバコや大麻の臭いに対応してほしいという依頼があります。今、アメリカではマリファナ(大麻)が合法化されている州もあるので。
その場合は、やはり元の臭いを知っておく必要があります。
しかし、東京タワーの場合、一番上のデッキは新しいために建材の臭いがしますが、それほど強くはないので、邪魔にはなりませんでした。
アメリカでも、ヨーロッパでも、時に日本でも、閉鎖空間で人の体臭が気になることはあります。とても忙しく働いているからということもあるでしょうし、例えばセキュリティの人の体臭であったりもします。
その場合も、香りを構成する上での邪魔になることはありません。
今、築地の香りを作れと言われたら、まずはあの香りを知っておかなくてはなりません。
タバコやマリファナの臭い、魚の臭いは、原料によって強調されてしまう場合もあるので。
色と似ているのかもしれません。色の組み合わせによっては、前よりひどくなってしまうこともありますね。部屋の中でも、ちょっと香りを調整するだけで解決されることがあります。
調香するときには、どんなことを考えていますか? 例えば、東京タワーでは?
東京タワーの場合、日本のシンボルとしての香りを自覚することが大事でした。
このプロジェクトに関しては、日本的なものを中心に置き、あまりヨーロピアンにならないよう、フレンチになりすぎないように気をつけました。
私はさまざまなコンセプトの香りを作っていることを知っていただきたいですね。
自分のスタイルを押しつける調香師もいるために、クライアントはそれを怖がります。
私の場合だと、「フレンチ」にするのではないかなどと、心配されることがありますが、無用です。
今回「作ってはいけない香り」は、はっきりしていました。日本のシンボルを意識することが大切でした。
私が何かのプロジェクトに取り組むときには、まず自分がその場にいることを想像します。
毎回、必ず「自分がお客さんだったら」というエクササイズをします。まったく初めての、偏見を持たないお客さん。
例えば、何も知らずに東京タワーを訪れたとします。
そのお客さんは「どんな香りで迎えられたいだろう?」
調香師としての考え方などは、全部一回クリアにして、自分が東京タワーを訪れる人だったらと、その体験を思い描いて、香りを創るようにします。
私にとってはとても大切なエクササイズです。
私はビジュアル重視の人間なので、まずイメージをします。
東京の景色は既に知っていたので、タワーから見える夜景をイメージしました。新宿のホテルのトップフロアに泊まった時に、高いところからの東京の夜景も見ました。
日中の東京の景色も知っています。他のタワーに上ったこともあるので、東京の光やビル、自然が少ないことなども知っています。
「東京タワーからの景色をイメージした香りがほしい」と言われた時、いや、そうするとコンクリートのイメージになってしまうな、と思いました。
東京の景色は圧巻ですが、色気がありません。セクシーさが足りない。
私は圧巻の部分はキープしながらも、かっこよさを入れたかった。自然の要素ももちろん加えながらです。
テーマごとに偏見なくイメージを描くのですね。
クライアントによっては情報量やインスピレーションが限られています。
そういう場合は、必ず自分でインスピレーションを探します。
インスピレーションがないと、香りが作れません。
ただの肩書きではなく、そこに物語がないと、自分の心が動かないと作れません。
ビジュアルの思い浮かぶ立体的なストーリーです。
脳は、香りを「立体」で捉えています。とてもユニークです。
例えば、絵などは二次元です。風景の絵を見るだけでは、「その場面の中にいる」とは脳は理解しません。3D映画だと話は別ですが、どこまでも平面との対峙です。
ところが、香りを嗅ぐと、脳はそれを立体的に、三次元で捉えます。小さな紙切れが香るだけで、シーンが頭の中に浮かぶ、一瞬で三次元の世界へ行くことができるというユニークな特徴を持っています。
また、絵を見るだけでは、「時間」の動きも感じられません。
例えば、懐かしい祖母の絵や写真を見たり、自分が育った家の写真を見ても、なかなかその家に感覚的に戻ることはできません。まだここにいます。
しかし、昔の家の匂いを嗅いだり、子ども時代によく行っていた森の香りを嗅いだりすると、一瞬でそこへ戻った感覚になります。そこが写真と違うところです。