香りは人間関係をコミュニケーションから
変える力を秘めている

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香りには不思議な力があるということですね。

例えば、香りはブランドに「信頼性」を与えることができます。
お客さんを今とは別の時間と空間に「飛ばす」ことができるためです。本当にその場にいるような気にさせます。
単純にビジュアルのデコレーションをするよりも、強い印象を与えることができます。

例えば、ふたりの人間の関係や会話も、ひとりが香りを身につけることでコミュニケーション自体が変わります。
3時間話し続けた人も、お互いを3時間見つめ合った人でも、そこに突然香りが入ると、コミュニケーションのすべてが変わります。
例えばジムで誰かがコロンなどをつけると、一瞬でその人に対する印象も変わってしまいます。香りには、洋服と同じぐらい影響力があります。

男女の関係で言えば、男性は匂いに影響はされるものの、やはりビジュアル重視で、視覚的情報で判断するのですが、女性は顔などのビジュアルよりも、匂いで男性の印象が変わったりします。パートナー選びにも大いに影響があるのです。

実際、科学的に検証されているように、科学者の間でも、このような香りの影響はよく語られています。まだまだ例はたくさんありますから、いくらでも話せますよ。

クライアントは、いかに香りが大事かを理解すべきです。
香りが重要であることを理解し、怖がらないこと。嗅覚について知識がないからと怖がらずに、音楽と比較して考えるとみえてきます。

空間の香りで、そこに来ている人の関係性を変えることを仕事と捉えていますか?

いろいろと検証されていることは知っていますし、私自身はいつも「どんな感情があるか」を考えます。

まずは自分の想像でその空間へ「行きます」。
その次に考えるのは、その場所でどういう感情を持ってもらいたいかということ。とても大事なことです。

例えば東京タワーの場合は、リフレッシュした気持ちになるとか、自然や緑が感じられるとか、夜なら色っぽさやミステリアスな気分、日本の懐かしい木の香りなど、ひとり一人にどういう気持ちになってもらいたいかを考えながら香りを創っています。

これも検証されていることですが、空間に香りを使うと、体感する時間が短くなります。
空間に素敵な香りがあると、人々は待ち時間を短く捉えます。それもメリットの一つ。
「待ち時間を短く感じる香りを創れます」と言っているのではなくて、空間によっては待ち時間を短く感じられたり、施設スタッフがより親切だと感じられたり、そういう効果もあるのです。

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個人的な好みについては、どう考えていますか?

香りには、人間の「理性」を奪う力があります。

例えば、ある空間を訪れ、そこで流れている音楽やインテリアが嫌いだと感じたら、その空間を離れるだけのことですよね。
誰もがすべてのホテルやお店を好きになるとは限らないので。友達にも「あそこの音楽、最悪」と言って終わりです。

ホテル側の人間も「ここの音楽ひどいですね」とクレームを言われても、「ひとりかふたり、うちの音楽を嫌いと言っている客がいる。でも自分たちは好きだし、他のお客さんも好きと言ってくれているので、あまり気にしない」と、特に動揺はしないですよね。

音楽やインテリアに関しては、100人が100人好きなものなどない、という共通認識があります。

それが香りになると、こうなります。
お客さんが空間を訪れ、香りが気に入らないとなると、怒鳴りだしたり、文句を言いだしたり、香りが肺に入るだの言い始めます。

実際には、香りは肺や血液になんの影響も与えません。
にもかかわらず、アレルギーがあるだのと、理性を失い、科学的に何の根拠もないようなことを言いだします。そう信じこんでいます。

香りは、人の感情を揺さぶるので、反応が激しいのです。
根拠のないクレームであるにもかかわらず、ホテルやストアのマネージャーなどは、どうしていいかわからないという事態に陥ります。どう返事してよいかわからない、と。
「ひとりが文句を言っているので、他にもいるのではないだろうか」と、不安になって対応を間違えてしまうのです。

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嗜好性の強い匂いや音やデザインをテストすると、平均10%ぐらいの人たちが大多数とはまったく違う感覚で捉えることがわかりです。
例えば10人のテーブルでは、ひとりか、ふたり、たいていひとりは真逆の反応をします。
100人~300人いるとしたら、そのうちの5%、内容によって12%から15%、平均10%ぐらいの人たちが真逆の反応をします。

ホテルやお店の人たちは、その10%、他の人と違った反応をする人たちに対して準備をしておく必要があります。そのような人たちは主張もすごいので。
どういう対応をするのか、考えて準備をしておくことが大切で、動揺する必要はありません。嫌いと言う人がいてもいいのです。

香りにしても、人によってニュアンスの感じ方が違います。
私たち調香師は、香りが人によって違う受け取られ方をすることを知っています。
私自身も、自分が過剰に反応してしまう香りや、あまり好きではない香りがあることを知っています。
白か黒かではなく、「違う」ということを理解しながら進め、「ほとんどの人に気に入ってもらえる」ことを目指して香りを創っています。

すべてのアートには歴史があり、さまざまなスタイルが創られてきました。香りにも同じことが起こり得る思いますか?

起こり得ます。
いつも講演などでも言っているのですが、例えば音楽好きのDJがミックスした音楽に対して「へ?なんでこんなのが好きなの?」と感じることがあります。
とても変わった音楽なのですが、DJはその音楽を好んで流しています。

調香師にも同じことが言えます。
調香師が好きだという香りが、一般的には理解してもらえないことを私たちは知っています。そうなると市場に届きません。

音楽で言うと、DJのグループだけが気にいるものがあっても不思議はない。
でも香りは、際立ったものを一般の人にはわかってもらえません。商業として形にならないと市場には出ないためです。

一般の人が理解できるのは、例えばレモングラスのような主流のもの。図書館などでよく使われている香りですね。あるいはデパートの香水コーナーに並んでいる香りなどです。

パフューマリーのiTunesみたいなものがあるいいのですが…。すべてを一覧できるような場所。でもそれは存在しません。どんどんニッチなブランドは増えていますが。
香りの自由を体験できる人は少ないのです。

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本日は貴重な話をありがとうございました。

編集後記

世界的な調香師には、ミステリアスなポートフォリオがよく似合います。
しかし、インタビュー会場に現れたクリストフ氏はとても気さくで、好奇心に満ちた楽しい空気をまとった人でした。インタビュー目的にも即座に「いいね!」と理解を示し、知られざる調香師の世界を、音楽や絵画に例えながらわかりやすく語ってくれました。調香がいかに知的でアーティスティックな作業なのかが、その語りから伝わってきます。香りのもつ可能性を商業的な場面を通じて解放していく第一人者の今後の活動から目が離せません。