2016/10/24.Mon. 16:16

市井の人々への好奇心旺盛で温かい目が アートを題材に地域を揺り動かしている

コミュニティ活性プロデューサー

吉川 由美 さん

仙台市生まれ。プロデューサー、演出家。コミュニティに文化芸術体験を仕掛け、観光、産業、教育、医療・福祉をクロスする活動を行う。宮城県大河原町の「えずこホール」のコミュニティプログラム運営、青森県八戸市の「八戸ポータルミュージアム はっち」のディレクターを歴任。宮城県南三陸町では2010年から「きりこプロジェクト」、2012年から子どもたちの歌作りワークショップを展開するほか、観光アドバイザーも務める。「きりこプロジェクト」は2013年度ティファニー財団賞受賞。有限会社ダ・ハ プランニング・ワーク代表取締役、アート・イニシアティヴENVISI代表。
http://da-ha.jp/profile/

Vol.2

文化は五感でつながれる

吉川さんの活動には、住民主体の視線が貫かれていますね。

この仕事を始めた当初の体験が大きかったと思います。
青森県森田村(現在のつがる市)の人口5000人の村に5000人収容の野外円形劇場ができて、こけら落としのコンサートの演出を依頼されました。私は、村人1500人が松明を持って参加する演出を企画、民家に泊めてもらって、村人と5000本もの松明を作り、準備しました。
アーティストの方ばかりを向いて仕事をするのではなく、市井の人たちに向きあい、アーティストとフラットな立ち位置でする仕事がどれほど楽しいことか、市井の人たちを巻き込んだイベントはアーティストにとっても、ものすごい刺激になるという体験をしました。

ふつうの人の生きざまにこそ美しさがあり、感動があります。それを見える化し、昇華させてくれるのがアーティストですが、アーティストもふつうの人の生きざまに触発されます。

アーティストが素晴らしい演奏や作品を提示してくれるのを、市井の人たちに向けて投下するより前に、そこにはどんな人々が暮らしているのかを知ることが大切。知ったうえで、このアーティストに入ってもらうとお互いにいいかも…と思える人をコーディネイトしています。

地域活性化を図る可能性についてはどのように感じていますか?

今の社会は、キャッシュフローにばかり注力していますが、今注目されている観光産業などでキャッシュフローが生まれやすい土壌には、背景に文化資本があります。
たとえば、旧南部藩エリアにある青森県八戸市は、厳しい自然環境で生き抜く知恵が文化となっていて、それがとても美しい。人は温かく、粘り強く、有言実行の人が多い。高度経済成長から取り残されたことが功を奏して、古くからの文化が残っています。
この時代に、古くからの文化が残っているのは、生き残りをかけた最大の武器を持っているに等しい。文化は、先祖伝来の日々の営みから生み出された知恵を美しいと感じ、味わいながら生きている中にあると思います。

私は、南三陸町にも関わっています。東日本大震災によって、すべてを流されてしまった町には、豊かな生活文化が存在することを伝えるエビデンス(根拠・形跡)が極めて少なくなってしまいました。残っているのは、人々の記憶や身についた手業の中にだけ。地域の文化を次代の子どもたちに伝えていけるかどうかは、今の活動にかかっていると痛切に感じています。

震災のあった1年前に、たまたま南三陸町で「きりこプロジェクト」を立ち上げました。
きりことは、東北地方の神社でお正月の神棚に飾るため、神官が作る切り紙です。プロジェクトは、家ごとの記憶や歴史、宝物、人々の営みを、この切り紙を作る手法にならい、地域の人々の手で描き出そうという試みでした。
取材に参加したのは30歳前後の女性たち。不慣れな取材ではあっても、切り紙を飾ったことで、家々に上がらせてもらったりして、多数の写真が残されました。震災後も、「きりこプロジェクト」を続行しています。
日々の生活に追われる被災者にとっては、「それどころではない」というのが本音でしょう。しかし、こうした人々の暮らしそのものの記憶を、土地になじんだ手法で伝えることが固有の文化となり、かけがえのない財産となり、いずれ経済の活性化にもつながると信じています。

五感についてはどのように考えていますか?

例えば音楽と言うと、聴覚だけと思いがちですが、実は五感に響くことがアーティスティックな体験です。
演出する際には、トータルな体験ができる状況を創り出せているかを考えますね。

今、八戸市でオリンピックイヤーに向けての新しいプロジェクトを始めています。
人口23万人の八戸市には、八戸三社大祭という山車祭りがあります。三社の祭りの附け祭りとして、昔ながらの消防団を中心にした地域ごとの山車が全部で27組繰り出されるというお祭りです。
発泡スチロールを彫刻して創る山車は、リフトなども活用した巨大な作品で、ヤマタノオロチや船弁慶など昔ながらの物語が盛り込まれます。その、目を見張るほどの制作を一般の人が行っているところがすごい。ねぶたのように知られていないし、ねぶた師のような専門家も存在しません。
ふつうの人が夜、勤めから帰宅すると、各組の小屋に集まって、山車を創るのです。

この夏、山車組に密着して、炊き出しのごはんが炊ける香り、子どもたちのお囃子や大人たちの怒声、陽射しの暑さなどを、間近に感じながら取材しました。300年の歴史を持つお祭りのすべてが、ここで生まれ育った人々の五感に織り込まれているのだと思います。0歳からお祭りを体験し、お祭りのたびに五感に叩き込まれてきた子どもは、40歳になった時にも、きっとその場にいるでしょう。

五感が鋭敏になっているときは、生きているリアリティが強く感じられます。
全身からアドレナリンが放出されて、五感も鋭くなるお祭り体験、一年に一度、そういう時間を持てるかどうかで、人が生きる力も変わってくる。祭りが変わらずに行われている地はちゃんと人が主役でいられる気がします。祭りを維持していくのは現代社会の経済の仕組みから考えると、実にむずかしい。でも、人と共に過ごしていて楽しいし、生きていて楽しい。五感に響く体験を共有しているのは、すごく幸せなことですね。

そこに住む人たちの五感に刻まれた記憶こそが、文化ストック(資本)です。
五感で記憶している日々の暮らしは、言語化しにくいだけに、もろく、はかない。
言葉にならないことこそ、実は大切なのではないでしょうか。

編集後記

凝縮された祭りの時間のバックボーンをなす先祖伝来の300年の時、ひとりの人間の一生のドラマ、五感に刻まれる記憶の奥深さと豊かな時間を、ありありと感じさせてくれる談話でした。東日本大震災が残した大きな爪痕は、何気なく過ごしている日常が内包する、実はとても大切なものを提示しているようにも感じられました。吉川さんの地域活性プロデュースは、アートを題材に市井の人々の五感を揺さぶりながら、一人ひとりの生きる力を増幅し、地域のパワーへと昇華させるスタイル。女性ならではの視点が希望を紡ぎ出しています
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Cap

五感を働かせずに生きていける現代は、気づかないうちに、五感が弱まっています。そのことに、私たちは危機感を感じるようになっているように思います。