食べ物で日本を楽しく、人を幸せに! 食材はもとより時間・空間まで操る料理人
奥田 政行さん
1969年、山形県鶴岡市生まれ。鶴岡市のイタリア料理店「アルケッチァーノ(2000年、31歳で独立開業)」ほか複数店舗のオーナーシェフ。「食の都庄内親善大使」をはじめ地域活性を推進する料理人として、日本各地でレストランをプロデュース。スイス・ダボス会議「Japan Night 2012」料理総監修をはじめ、世界各国で開催される国際的な祭典でデモンストレーションをするなど、海外でも活躍。「第1回辻静雄食文化賞」、「山形県産業賞」、農水省第1回「料理マスターズ」等、受賞多数、また講演や執筆活動もこなす。近著に『地方再生のレシピ』ほか。
- アルケッチァーノ
Vol.2
奥田政行の「料理と空間」
どういった空間を居心地がよいとお考えですか?
一緒にいて居心地のいい人は、呼吸の“間”がよいものです。試しに、近くにいる人の呼吸を見て、わざと呼吸をずらしてみてください。とても居心地が悪いでしょう?また、人には縄張りと感じる“間”もあります。家族や親しい友人といて快適な距離感、初対面の人との距離感は違いますよね。その縄張りで呼吸を合わせると居心地がいい人、居心地がいいサービスになります。
縄張りは肘の長さで測れます。寿司カウンターは肘の長さの2倍で設計されているんですよ。寿司職人はカウンター越しに、「どうぞ」と寿司を出す時だけ、肘を伸ばして縄張りの境界線へと入ります。お客さまのおしゃべりが聞こえる距離ですが、立ち位置は縄張りの外。会話の“間”を図って、すしと一緒にすっと縄張りに入ってくるので、居心地よく過ごせるわけです。
レストランについては?
ここヤマガタサンダンデロは、県の施設に出店という条件があり、フロアは狭いのですが、席数を確保する必要がありました。そこで、椅子とテーブルを特注しています。テーブルは肘をついても女性がいかり肩にならず、姿勢がよくなり、食道がまっすぐになる高さなので、10~11皿の料理が気持ちよく入り、愛を語り合える距離(笑)にもしてあります。
ここで“間”のいいサービスを受けられれば、居心地がいい店になります。フロアスタッフには、お客さまの言葉だけでなく、言葉の姿、その周辺の風景を見るようにと教えています。お客さまの呼吸、話すスピードやトーンに耳を傾け、仕草を見ていると、今の気分や求めていることがわかりますから。レストランについては?
庄内に新しいレストランを計画中ですね。
そこにいると気持ちが透明になる、いつの間にかリックスしているという空間が理想です。調理場の音や流れている時間がわかる音は聞こえるけれど、気にならない程度で、いい音だけが耳に届くような空間。自然な空気感が保たれて、空気のきめが細かいと感じられる空間にしたいと思っています。
建築家、音の専門家(KANSEI Project Committeeメンバー)など、こうした感性を共有できるプロフェッショナルたちにイメージを投げて、現在、細部を計画中です。まだ建て始めてもいないのに、話題になっていて、オープンしたら大騒ぎですね。
音はシェフがよく行く森の音を収録の予定です(KANSEI Project Committee音担当)。
昨年末、広島県の宮島口に、直営店「宮島ボッカアルケッチァーノ」もオープンしました。瀬戸内海に面して厳島神社を眺める、潮騒の聞こえるような店舗です。プロデュースの依頼があって、ひと目見た時から気に入っていました。紆余曲折を経て直営店になったのは神様の采配のようです。まだ看板を出していないにもかかわらず、予約がどんどん入っています。
こちらは潮騒を収録したいですね。シェフにとって感性とは?
僕が料理人の修行を始めた頃、オリーブオイルはおいしくないと感じていました。調合オリーブオイルしかなかったので。一方で、味わったことがないにもかかわらず、果てしなく遠い先に理想のオリーブオイルのイメージができていました。そして、32歳の時に「これだ!」と思える理想のオリーブオイルに出会いました。そうしたら、アルケッチァーノが繁盛店になって……。
フルマラソン42.195kmを走るのと同じで、ゴールのイメージを持って走るか、持たずに走るかで、10km、20km地点の走りも異なり、結果が違ってきます。
修行も同じで、自分の理想のシェフ像をイメージし、目の前にある問題を一つ一つ解決しながら、必ず成し遂げてきました。今は、肉体は周囲のレベルに合わせながら、志しは高く持ち、感性を共有できる人と理想を追求しています。こうして感性を磨いていくと、地球とつながる感覚があって、気持ちは軽く、肉体は若くなるようです。
最後に料理と五感についてお聞かせください。
五感を使って料理をしていると、第六感の扉が開くことを知っています。香りをかぎ(嗅覚)、味のラインを測り(味覚)、調理の音を聞き(聴覚)、焼き色を確かめ(視覚)、食材に触って(触覚)水分量を把握しています。料理は水分との闘いでもあります。生の状態で70%の水分を含んでいる肉を、火を使って50%、30%、20%と適度な状態に仕上げます。サッと触ることで水分の状態を把握できます。さらに、気を集中し、時間を使いこなしています。
五感を研ぎ澄ませて食材と向き合う奥田流の調理法には、固定のスペシャリテはありません。現地の食材に合う新しいレシピを創ることが可能で、レシピはどんどん降りてきます。
全国各地で行っているプロデュースは、独自の哲学ややり方を私の弟子である現地の料理人に伝えて、時々、電話を入れたり、現地にその後の様子を見にいってメンテナンスを繰り返しています。山形で修業した弟子たちがふるさとに帰っていくので、全国に種が撒かれている状況です。そこで芽を出し、ふくらみ、花をつけ、実になって、徐々に発酵して熟成し、日本列島があちらこちらで元気になっていくのも楽しみです。
編集後記
取材時の最新刊『地方再生のレシピ』(奥田政行著/共同通信社)は、amazon.com書籍のグルメ部門で1位を獲得、次いで地域開発部門で1位獲得、さらに地方行政等の部門で上位を更新中とのことでした。本誌の帯には「この本を持ってお寿司屋さんへ行こう!」とあり、まさに、3部門のいずれに関心がある人にとっても面白い内容で構成されています。自らの五感を駆使して、独自の哲学を築き上げ行動、その発想や体験を著書にして伝えるスーパーマンは、21世紀の日本と人が元気になる“種”をお持ちでした。
DATA
奥田政行の庄内イタリアン「アル・ケッチァーノ」
庄内カフェ&ドルチェ「イル・ケッチァーノ」
みんなで創る山形イタリアン「ヤマガタ・サンダンデロ」ほか