香りと時間のサイエンス「SUNCA」誕生

ゆったりと香りに包まれて、無になる時間を楽しむ入浴剤SUNCA(スンカ)が2023年12月に発売されました。
五感を定量化し多様なデザインに変換していく専門家チームKANSEI Design Limitedとドラッグストアやバラエティーショップなどで続々とヒット商品を生み出しているmsh株式会社が共同開発した新商品。
感性デザインの手法を使い、あらゆる領域のデザインに一貫した「ユーザーの無の体験価値」を適応させて、約3年をかけて完成しました。

無になる香りをつくりたい。

コロナ禍で世界中が室内にこもっていた2021年。msh社の商品開発チームから自分が無になれるような香りをつくりたいとの依頼を受けました。
世界中でロックダウンや外出規制が行われ、閉塞感や圧迫感に押し迫られていた時でした。外に出られない不自由さに加えて、人とのコミュニケーションも少なくなったため、気分が滅入ったり、イライラしたりという心理的な変化をたくさんの人が感じていました。
そんな社会背景の中で、みんなの心のモヤモヤを無くして、新しい明日への創造が膨らむような「無の時間」を香りで提案していきたい。こういったmsh社の願いから、無の体験を香りで誘うというプロジェクトが始まりました。

「無」ってなに?

最初の課題は「無」の定義を明確にすることでした。「無ってことは存在しないという意味だけど、無臭ではなくて香りはあるんだよね…。」色々な議論を重ねていきましたが、香りを嗅ぐことで無を感じるという挑戦を始めるには、まず無という状態を言語化する必要がありました。
無の概念が人によって違うことから、私たちが無の香りで生み出したい世界観をアートを使ってあぶり出すことにしました。感性デザイン独自の言語抽出法を使って、抽象的かつ豊かなアート表現を分析することで、言葉に変換しにくい「無の世界観」を言語化することができます。
直感的な表現を得意とする3名のアーティストに協力を依頼し、それぞれが感じる「無の世界」をアウトプットしていくワークショップを実施しました。
アーティストは自分が感じる「無の世界観」をそれぞれの表現方法で重ねていきました。リハーサルもないまま即興で生み出されていく3層の表現のシークエンスが、徐々に重なり融合されていく世界観を開発チームが言語化していく試みです。無とは何を意味するのか、感覚の領域で表現されていく動き、音、声などから想起されるイメージを感性デザインチームと開発チームが言語に変換していくというワークショップでした。

今回協力をお願いしたアーティストは舞踊家のCHIE NORIEDAさん、二胡奏者の中川えりかさん、そして僧侶の松本紹圭さんの3名です。
CHIEさんは、独自のダンススタイルで世界中で公演をしているバリアージ舞踊団の創立者です。体の動きだけでなく、指先や目の繊細な動きによって、主体となるものの背景や、その空間の温度、または感情の移り変わりまでをも細かく表現していきます。
中川えりかさんは、日本でも珍しい二胡奏者です。二胡は人間の女性の声に似ている弦楽器で、まるで人が歌っているかのような音色を持ちます。えりかさん自身も歌を歌いながら二胡を演奏するため、人間と楽器が声と音色でデュエットをしているような錯覚を持ちます。
僧侶の松本紹圭さんは、仏教哲学を社会の変革に適応させていく試みを行う活動家です。商品開発を行う企業の会議室で、僧侶がお経をあげながら、二胡の音色と歌が重なり、舞踊家が体の細部まで使って「無」の多様な側面を動きで表現していきました。
そして徐々に融合されていくアート表現の3層のシークエンスを目で見て、耳で聴き、肌で感じながら、開発・デザインチームが想起するものを言語変換していきました。

舞踊家のCHIE NORIEDAさん
二胡奏者の中川えりかさん
僧侶の松本紹圭さん

言語分析から出た「無」の感性価値

無の世界観を感じる色々な要素が言語に変換され、集まった多くの言葉を分析して、ユーザーが「無を体験する」という意味的構造を組み立てていきました。
感性デザインのプロセスでは、ユーザーの体験価値を言語で構造化したものを感性価値構造と呼びます。私たちの分析では、「無」は意外にも物質や存在が無くなるという意味ではありませんでした。
むしろ中身が「空(くう)」の状態になり、それは終わりではなく始まりの原点でもありました。空(くう)は間(はざま)の世界観であり、二つの違った世界の境界線のような役割りも見えてきました。
空(くう)のような体験を香りで誘うために、仏教でいう「あわい」や「ゆらぎ」の世界を感じる2つの香りを調香していきました。入浴すると香りはふんわりと見えない境界線で人を包みこみます。あわいの香りは「繭のなか」のように温かく人を包み込み、ピュアな状態から新しい明日への創造を生み出すような気持ちにします。ゆらぎの香りは「月のかさ」のようにぼんやりと人を包み、自分の中のモヤモヤをすっと消してくれます。

繭のなか
Top notes:レモン、ペパーミント、グリーンリーフ
Middle notes: メロン、スペアミント、シトロネラ
Last notes: ヴァイオレット

レモンとメロンで爽やかさやみずみずしさを表現し、ペパーミントやスペアミントの清々しいハーブの香りは、気分が整っていくような透明感を感じさせます。
すっきりした甘さのニュアンスを持つシトロネラや、ヴァイオレットの優しいフローラルの香りは、やわらかな繭のなかで、ゆっくり自分を解放していくような気持ちにしてくれます。
月のかさ
Top notes:オレンジ、ユーカリ、グレープフルーツ
Middle notes: レモングラス、ネロリ、ローズ
Last notes: ライラック

ユーカリの少しひんやりする香りで夜の感覚を、そして黄色くまん丸なグレープフルーツの香りは優しく月夜に浮かぶ満月を表現しています。
シンプルなレモングラスのハーブの香りと華やかなローズで表現された月の光のゆらぎは、自分を整えた後にゆっくり何かが生まれていく感覚を覚えます。
ネロリとライラックの穏やかなフローラルの香りは、新しい明日への小さな光のように自分を前向きにしていってくれます。

香りと時間のサイエンス

無の感性価値が言語化されると、その体験を入浴する時間に変換して考えていきました。
商品開発チームの調査では、理想とする入浴は40℃で10分なのに対して、実際は5分未満で入浴をすませている人が多くいました。
そこで2種類の「無の時間」を体感する入浴剤を開発し、10分で溶けるものはゆっくりと新たな創造につなげる「繭のなか」の香りを、3分で溶けるものはモヤモヤをスッキリする「月のかさ」の香りを使いました。香りは五感の中でも反応が速く、0.2秒で脳に到達します。そして嗅神経は情動や記憶を司る視床下部に直結しているため、瞬時に気分へ影響します。お風呂の湯気によって香りが人を温かく包み込む間、自分自身を空にできる「無の時間」は、香りと時間を科学的に分析することで設計されました。

全てのデザイン領域に無の感性価値を反映させる

調香師と商品開発チームで入浴剤の素材が完成したら、コピーライティングやパッケージデザインのクリエイティブに入っていきます。
多様なチームで一つの感覚的商品をつくっていくには、複数の開発者や領域の違うデザイナーが共通の価値観を理解しながら合意形成していくプロセスが必要になってきます。
感性デザインの手法では、始めにユーザーの体験価値を言語化して、デザインの評価指標を作っていきます。あらゆるデザイン領域のクリエイターが一貫したユーザーの体験価値をデザイン評価の指標軸として制作を進めます。
デザイナー個人のテイストや、クライアント側の誰か特定の人の嗜好性だけを頼りにデザインを修正していく必要がありません。あくまでもユーザーの体験価値を言語化した感性価値構造をベースに、デザインサンプルを判断するための客観的指標を作って評価します。
多数決やアンケートではなく、マルチモーダルデザインの評価を目的として設計された主成分分析を実施して、サンプルに上がってきたデザインの優劣を数値化します。五感の組み合わせで評価していくことで、無の体験価値を誘う最も適切な香り、入浴剤、コピーライティング、ロゴ、パッケージデザインなどが選択されていきました。

体験から伝える五感ブランディング

感性デザインは、五感を使ってより情緒的な体験をデザインするところにその特徴があるため、完成した商品を広めるブランディングにも五感を使った独自のコミュニケーションが可能となります。
SUNCAは香りによって無の体験を促すシリーズになっており、今後香りを使った商品PRをしていくことで、「匂いを嗅ぐ」ことから商品を知っていくブランドコミュニケーションが設計できます。
香りのブランディングは、より情緒的にユーザーと商品を結びつけるため、ブランドロイヤリティーの向上にもつながります。SUNCAは、今後も独自の五感ブランディング手法を使って、この商品が持つ「無になる時間の体験価値」が伝わるような独自のコミュニケーションを促進していきます。

参考リンク

SUNCA Press Release:
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000139.000016854.html

SUNCA Official Page:
https://www.msh-labo.com/c/sunca