人と時、二つの“間”を包み込み、外へとつながる心地よい空間を生む Vol.1
吉良森子 さん
建築家
1965年東京生まれ。早稲田大学大学院を修了後、オランダ・アムステルダムを拠点に、建築設計、歴史的建造物修復、リノベーションを専門として活躍。「moriko kira architect」代表。
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Vol.1(前編)
人と人、空間と空間を“つなぐ”ことから設計は始まる
25年間、オランダを中心に活躍なさっていますね。
オランダと日本の行き来も多いです。年に3~4回、合わせて3ヶ月ぐらいは日本にいます。日本でのプロジェクトがあったり、大学で定期的に教えているからということもありますが、「日本の今」を自分の感覚として失いたくないというのが正直な気持ちでしょうか。
私のパートナーはオランダ人で、同じく建築家です。彼は住宅から裁判所、市役所、美術館など一通り納得できる仕事をして、60歳になってもう一度自分自身を見つめなおしたいと、若い頃から一度は住んでみたいと思っていたパリにも拠点を持つことになりました。
パリの都市の力は際立っていて、大都市のど真ん中に人々が住み続けて、八百屋さんやお肉屋さんがあって、日曜日の朝には行列を作って買い物をしてランチを家族揃って食べる、という伝統的な暮らしを頑固に守り続けています。
オランダでは日本のように小売店は減る一方でスーパーに行くしかないんです。デモをするために広場に集まって、カフェのテラスで通りを眺めて、商店街で買い物をして。日常の暮らしと都市の関係は暮らしてみないとわからない。そんなわけで、パリも東京もホテル暮らしではなく、家を持つ選択をしました。
吉良さん:豊かな住宅というのは、いろいろな光と空間の変化が楽しめる住宅だと思っています。箱根の週末住宅は、切妻屋根の高さ、空間の奥行き、開口の大きさの変化を生かして、オープンな空間でありながら異なる場を楽しめる家です。
暮らすことで、街を肌感覚として捉えることができるのですね。オランダで仕事を始めたのはなぜだったのですか?
早稲田大学の大学院にいたときに、1年半、デルフト工科大学に留学しました。帰国して、早稲田の修士課程を終えた後、日本の設計事務所に就職しましたが、どうしてもオランダに戻りたいと思いました。
オランダで都市に目が開かれた、と言ったらよいでしょうか。日本の大学ではいかに個性的で際立った建築を設計するかということを誰もが目指していましたが、建築が集まって都市を作っているのだということをオランダで学んだように思います。特にアムステルダムは17世紀の都市計画から生まれた運河の街並みがあって、現在でも都市デザインありき。「建築が都市に負ける街」と言ってもよいかもしれません。建築家は都市デザインを実現する一員として、都市のアンサンブルとして建築を考えることを求められます。
私は元々高校時代から街歩きが好きで、オブジェとしての建物よりも、街やストリートが好きだったので、オランダの都市と建築との具体的な関係に魅力を感じました。
設計するとき、どういうところから考えていくのですか?
私たちが関わるプロジェクトは、クライアントとのコミュニケーションが非常に密で、それがスタートポイントです。
私たちは空間のプロですが、それぞれのビジネスや暮らし方のプロではないので、クライアントの人となり、ビジネスに対する考え方、家族関係など、できる限り吸収することから設計がスタートします。
毎回毎回の出会いはとても強烈で学ぶところが多いですね。
吸収していった情報から空間同士の関係や一つ一つの空間のキャラクターが育っていきます。
その空間に、どんな人が何人いて、動いているのか、座っているのか、あるいは会話をするのか、内向的な場所なのか透明な場所なのか……。
つなぎ合わせていく過程で、どんな空間であるべきなのか、そして、空間同士の関係性が見えてきて、建物の内側と外側の関係も整理されていきます。
大学時代、一番難しいなと思った課題は事務所ビルの設計でした。学生時代は働くということに対する具体的なイメージがまだなかったこともありますが、当時、オフィスビルは企業のアイデンティティと効率よく仕事をする場という風にしか考えられていませんでした。
仕事の仕方や考え方はその頃と今とでは劇的に変わってきていると思います。できるかぎりコミュニケーションを誘発して、クリエイティブな環境をつくることでしかグローバルな競争には勝てないと考える企業が、欧米ではリーダーシップを取るようになってきていると思います。
仕事場は一人一人の人生の多くの時間を過ごす場所ですから、一人一人がその人らしく仕事をする方が効率もいいし、結果も出ると思います。
ですから、仕事場としてどんな空間をつくるか、はマネジメントイッシューです、と申し上げています。
人と人のつながり、そこで過ごす時間を、空間によって解きほぐすことができるのです。
空間が人間と時間、二つの間を左右する、ということですね。建築物は街や通りに与えるインパクとも大きいですね。
その建物がそこに建つことによって、街やそこで暮らす人たちにとってプラスになるかどうか、ということが私はとても大事だと考えています。
例えばオランダ人が住宅を選ぶとき、建物の良し悪し以前にどんな近隣に建っているのかを気にします。よい近隣であれば、常に新しい人たちが引き寄せられ、新しい世代に引き継がれていく。そういう魅力的な近隣であれば、次世代になっても家の不動産としての価値は上昇するということを知っているんです。
持続的な近隣としての価値を担う建物をつくっていくことは、建築家の責任でもあると思っています。
吉良さん:将来的には信者がいなくなってしまうと考えたレモンストラント派の人たちの教会の建物が、いつまでも市民が集う場であるようにと、フローニンゲン州の古い教会を守っているNPOの事務所と、展覧会や会議を行える複合スペース、そして教会が共生でき建物に変えてほしい、という依頼に応えたもの。教会のホールは教会・イベントスペースとして使い、上部をオフィスにして、オフィスのエントランスは教会の横に設置しました。事務所のエントランスを石造のモニュメンタルな教会とは全く異なる、木とガラスのモダンなタワーとして提案したのは、信者のための教会から市民に開かれた場に変化したことを市民に伝えたい、という思いがあったからです。
吉良さん:東京の住宅地の魅力は小さな住宅が少しの隙間を隔てて並んでいるリズム感だと思います。駒沢通り沿いに計画されたお菓子屋さん+カフェ+集合住宅の周りは典型的な東京の住宅地。そのままだと周りの住宅よりもずいぶん大きな建物となってしまうので、上部の集合住宅を小さなキューブの集合体にして、周辺の住宅地のリズム感にシンクロさせました。