人と時、二つの“間”を包み込み、外へとつながる心地よい空間を生む Vol.2

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吉良森子 さん

吉良森子 さん

建築家
1965年東京生まれ。早稲田大学大学院を修了後、オランダ・アムステルダムを拠点に、建築設計、歴史的建造物修復、リノベーションを専門として活躍。「moriko kira architect」代表。

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Vol.2(後編)

建築というハードに、五感に心地よいソフトをプラス

設計で、一番大切にしていることは何ですか?

「つながり」です。
例えば、個人の住宅なら1家族ですが、まずは、その家族がどういう構成で、新しい家ではどうつながりを作りたいと考えているのか。次のステップは近隣とのつながりをどう考えているのか。

オランダでは、戸建て住宅の設計の場合でも、何世帯かが集まって広い土地を購入してみんなで家を建てるということがあります。みんなでつくるので、一軒一軒の家の設計に入る前に、どんな近隣にしたいのか、ということを考える機会があるので、竣工した時には、自然にコミュニティーができあがっています。

一軒一軒の建物の魅力も大切ですが、近隣同士の自然なつながりが生まれる建物を設計したいですね。

アイブルグの集合住宅
2010年 Amsterdam(オランダ)

吉良さん:複数の住宅ユニットが帯状のコンクリートのブリッジで繋がれていて、隙間から運河や湖や町並みが透けて見えます。一人一人の家から違う風景が楽しめて、風向きや日差しの変化を感じられる集合住宅を目指しました。

クライアントからの要求は具体的な場合が多いですか?

ケースバイケースですが、概してクライアントが面白いと面白いものができるように思います。(笑)。「何か面白いものつくってください」と言われるのが一番困るんです。

たとえば、すごく狭い土地なんだけど広く使いたくて、いろんな活動をしたくてと、無理、矛盾があっても要望がはっきりしていれば、言葉や計算では矛盾していても、空間としては矛盾のない答えを出せる可能性があるんです。1足す1が5にもなるし、1にすることもできる。

矛盾を矛盾ではなく、魅力に変えることができるのが、クリエイティブな分野の仕事の面白さですね。

五感を意識することはありますか?

最近すごく意識しているのが、音と香りです。

ヨーロッパはリーマンショックの後、日本のバブル崩壊後のような大転換の時代がありました。私たちの業界も、誰もが事務所の規模を縮小して、すごく大変な時期だったんですが、振り返ってみると、スイッチを切り換えるいいタイミングだったのかなと思います。

とにかくがむしゃらに前に進むしかない暮しから、自分に向かい合って、考え、思い悩んでいた頃、窓が開かない、遮音性の高い空間にいると気分が下向きになることに気づいたのです。

アムステルダムの住まいはビルの最上階で、私の仕事場は窓を開けられない環境で。そこにいると、どうも気分が落ち込むように感じて、何がいけないのだろうと……。
そんなときに、偶然、「KooNe(クーネ)」を紹介していただく機会があり、「フォレストノート」を知りました。日本各地の森のライブの音をハイレゾ音源で聞けるサービスなんです。

オランダと日本では時差があるのですが、春には高知の山のウグイスの声を聞き、冬は青森の山の雪嵐の音を聞いたりしています。
私は音楽をかけて仕事をすることができないのですが、自然の音を流しているとなんだか自分も広々とした自然の中にいるような気持ちになって、気密性の高い部屋独特の圧迫感が消えて、いい気分になって仕事ができる。とても不思議な経験でした。

ここ、3×3 Lab Futureも、鳥の声や森を渡る風の音が流れていますね。この空間にいると、まるで天井がないような、木漏れ日まで差しているような感覚になりますよね。

香りにも、同じような効果を感じますか?

香りも音と同じような経緯なのですが、思い悩んで体調もよくなかった頃、フィトセラピーをやっている友人にアロマセラピーを紹介してもらいました。私は料理が好きなので、胡椒やフェネルなど料理でおなじみのスパイスのオイルなどに興味をもっていろいろ試して楽しみました。例えばシトラス系の柑橘系の香りは本当に気分がさわやかになりますよね。

香りで本当に気分が変わるのだなと実感しました。

建築は空間の大きさ、バランス、窓の大きさといったハードの世界ですが、これまで空間の要素として考えてこなかった音と香りが、空間に与える意味は大きいということを実感するようになりました。

理想的には、都市であっても外にいい環境があって、望ましい音や香りの環境があって、それが屋内でも感じられること。
外との“つながり”が大事だと思います。

でも、空調していたり、外の環境が望ましいものではない、という状況は大都市の無視できない現実です。クライアントとも音や香りのことを話し合うようになりました。

心地の良い空間を作るために音と香りをこれから積極的に取り入れていきたいですね。

ハイデホフ墓地パビリオン
2008年 Appeldorn(オランダ)
撮影者:Jeroen Musch

吉良さん:市営の墓地はお参りに来る人たちだけでなく、多くの市民の散歩の場にもなっています。気軽にお茶を飲みに立ち寄ることができて、宗教にとらわれないお葬式を行えるパビリオンを、と考えて、人々が親しみを感じ、温かい気持ちになれるように自然にあるものの形にインスピレーションを受けてデザインしました。

編集後記

オランダでも日本でも、数々の名誉ある賞を受賞する、著名な建築家である吉良さん。一つの建物にとどまらず、通りや街、歴史や未来まで、大きな視点で捉えていらっしゃることがとても印象的でした。「人間は固有であり、その場所もあなたも固有ですよ、ということを示してあげることが、どんな仕事であっても基本だと思います」とも。
インタビューは大手町にある「3×3 Lab Future」で行いました。国産材を使った内装や家具、みずみずしい緑の中庭などを配した広々とした空間に、ハイレゾ音源で鳥がさえずる森の音が流れています。ガラス越しに皇居の緑を望みながら、吉良さんがおっしゃる「外とつながる空間」や「心地よい森の音」を実感しながらのインタビューとなりました。