ストレス社会を解決し、人と人、人と自然を深いつながりへと導く空間デザインを探求 Vol.2
オリバー・ヒース(Oliver Heath)さん
建築およびバイオフィリック・デザイナー
建築およびインテリアデザインにおいて、人と自然のつながりを深めるバイオフィリック・デザインの世界的エキスパート。その作品は建築環境、書物、メディアで多数発表されている。またBBC、ITV、Channel 4、ナショナル・ジオグラフィック・チャンネル等、多くのTVメディアに出演。最新の著書『Urban Eco Chic (Quadrille)』は8か国語に翻訳され、3万部以上販売されている。
英国のエネルギー・気候変動省(DECC)、エネルギー・セイビング・トラスト(EST)、廃棄物及び資源行動計画(WRAP)のスポークスマンを務め、現在はインターフェース社のバイオフィリック大使。
その2 で快適なこれからの社会を創り出すデザインの無限の可能性を追求
舞:お話を伺っていると、バイオフィリック・デザインは素晴らしいデザインで、皆が取り入れるべきもののように思えます。しかし、現在はそれほど多くの人に普及しているとはいえません。バイオフィリック・デザインを導入するにあたって、障壁となっているものは何だとお考えですか。
オリバー:主な原因はコストの考え方かと思います。
デザインを想像し、描き、特定し、建てる、それがデザインの費用です。
短期的費用ではなく、長期にわたる価値があります。費用がかさむという短期的な影響を考えがちですが、実はデザインは5年から10年持続します。
例えばイギリスでは、私が知る限り、病院コストの20年間分を見ると、デザインに費やされているのはたったの3%で、97%は医者、看護師、患者などの人間に対してです。デザインにかかる一時の費用だけでなく、長期的な視点での利益を考えねばなりません。
これが、課題だと思います。
舞:今から10年後のバイオフィリック・デザインをどう見ていますか?
オリバー:建物内の状況が私たちの生活、身体的、心理的な状態にどう影響するかを見ていきます。私たちは生活の90%を屋内で過ごしています。空間の機能を高めた印象的な建築物を創ることで、人を支え、育てることになると考えています。
オフィスに関しては、働く人が仕事に集中でき、コミュニケーションがとりやすく、他者とつながれるようなオフィス、学校に関しては、よりよく学べ、学びを楽しめるような学校を創るべきです。
病院は、人々がより早く良くなれるように、ホテルはレジャータイムを楽しめるように創るべきです。都会で観光しているときよりもリラックスして力を回復し、その空間を楽しめるような・・・。
この先10年のうちに、建物内にデザインが与える影響をより深く解き明かし、提供できるようになると思います。また、人工的素材と自然素材の経年変化を見ていきます。
建物自体を変えることは簡単ではありませんが、自然の素材、色、手触り、柄、センス、技術などで自然を模倣することはできます。壁に緑を取り付けたり、水を取り入れることのほうが簡単ですよね。自然そのものではなくても模倣することで自然を感じることができるのです。
最も楽しみなことの一つに、人工素材の技術の進歩を取り込み、活用して、どのようにより豊かなインテリアデザインを生み出すか、があります。私にとってとてもわくわくする挑戦です。
舞:オリバーさんはとても多忙で、日本での滞在も2日間だけです。来年は、バイオフィリック・デザインのどのような側面に注目して活動したいとお考えですか?
オリバー:バイオフィリック・デザインがさまざまな視点で捉えられていることに関心があります。
例えば職場でその価値が認められてきている。教育やホスピタリティの場で価値が認められてきている。それに、ゆっくりとではありますが、パーソナルな環境にも目が向けられ始めています。
例えばオープンスペースのある家、目覚めたときにエネルギーを得られる空間、家族や愛する人とつながれる空間など・・・。同様に家は、ストレスいっぱいな仕事から帰宅して、くつろぎ、回復し、次の日に備えてベッドで休める場所でもあるべきです。
もしかしたら、バイオフィリック・デザインが建築の型式論のようになるかもしれないですね。建物から都市計画へ、そしてインテリアスペースや家具にも、私たちは空間に対する技術を持ち合わせていると言えると思います。
私たちの経験をどれだけ積み上げられるかで、建物内のさまざまな場面によいデザインを創る機会はたくさんあります。
翔:オリバーさんの会社、オリバー・ヒースデザインについて話されましたが、デザインチームとリサーチチームがあるそうですね。そういった部門は当初から計画されていたのでしょうか。それとも事業を進めるうえで徐々にできていったのですか?
オリバー:当初サステナビリティについて考えていたとき、デザイン中心のアプローチも考慮しました。しかしバイオフィリック・デザインについて調べるうち、とても多くの関連するリサーチがあるとわかりました。
多くの論文が書かれ、素晴らしい検証結果があり、私は単に建築家やインテリアデザイナーという垣根を超えた何かがその先にあると気づきました。
ただ実際にそれを活かそうと思うと、リサーチャーを呼び込み、リサーチの方法を学び、適当な量のデータを取り出すことが必要で、そのあとに協働が可能になります。リサーチで得た要素をデザイン側に取り入れるということです。
私たちは、大量のデータを得たあと、それを3次元である実際の環境に当てはめて解釈しようとしています。大量のデータを、物理的スペースに適応させることは不可欠で、解釈を加えることでリサーチ結果が実際の空間に結びつきます。
建築家に解釈の道筋を提示していると、これまでの私の活動や話してきたことが影響していることに気づくことがあります。建築家に対するセミナーでは、これまでに恐らく200回以上話していて、教育の場や職場、最近ではホスピタリティの場でも、その成果が見え始めています。何が作られ、発展してきたのか、バイオフィリック・デザインが浸透する一部になれることはとてもわくわくします。
翔:戦略的に、KPC (KANSEI Project Committee)とKDC(KANSEI Design & Co.)はかなり似通っています。KPCがリサーチをし、KDCがそれに基づいたデザインをします。私たちが感性に関わるビジネスをしていて見つけた手法を、あなたはずっと以前に既に始めていらした。素晴らしいことです。
オリバー:そう言っていただけて嬉しいです。ご存じの通り、人生においてミッションを持つことは大切です。私はその中に大きなビジョンがあると思うのです。
イギリスの自然の中で育つ間、私はスキューバダイビングをし、ウィンドサーフィンを教え、スキーを愛していました。自然とつながりを持つことはとても大切なことです。
私たちは、健康とウェルビーイングが健康的な生活と直接的につながっていることに気づいていて、理解もしています。
結果として、私たちのウェルビーイングに自然が大切だと理解できれば、少なくとも自然へ共感を抱くことができ、環境保全につながります。バイオフィリック・デザインには、私たちが自然を愛し、保全するという大きなメッセージが隠れているのです。
私もリサーチャーに会うことで、環境を守るために本当に必要なことは何であるかを理解できます。つまり、役割をもって発展に寄与する人々がいてデザインを続けられるということは、私にとって自然の価値を理解して称賛し、グローバルに環境を保全するということなのです。
舞:オリバーさんがデザインやバイオフィリック・デザインを通して行っていることは、私たちが信念としていることにも通じると思います。私たちは、人の観点からサステナビリティを目指しているという点で。
私たちは異なる刺激を受けた際、人はどう反応するかを調べています。
異なる刺激によって豊かな感覚を得ることができるとわかりました。ここで言う「感性」とは、「感情」とも表現できるもののことで、論理的な思考とも融合しています。これは文化の一部でもあります。
ご存じの通り、私たちはさらに一歩進めて、人々の幸福度に注目し始めました。それは一人ひとりの個人が幸福に生きているか、そうでないのかを比較して判断するものではありません。刺激の受け止め方は人間関係とその周りに存在する環境が大きく影響してきます。自然に逆らう人、動物と一緒にいる人・・・どのような形であっても、これらすべてが環境を構成する要素であり、どのような要素がそこにあったとしても、人間がありのままの自分で幸福感を持って生きるには、健全で持続可能な方法で、豊かな刺激のある環境とつながっている必要があると考えています。
人の幸福度を構成するものは、人が異なる刺激、臭い、音を感じたときにどう変わるかを見るという私たちのリサーチの最終目標と合致しています。バイオフィリック・デザインは、デザインから入るアプローチですが、私たちのやろうとしていることと同じ方向を向いています。私たちは「人」を最初に見ますが、オリバーさんは建築、デザイン、自然を一緒にみる。だからこそ、私たちは協働できると思うのです。
オリバー:幸福度というのは、興味深いトピックだと思いますね。数量化するのが難しいからです。私たちの周りにあるものを測ることはできますが・・・。
日本人は幸福に関してどのような考えをお持ちですか?イギリスでは、「たくさんの幸せを得るにはどうすればいいか?」「何が人を幸せにするか?」「人を幸せにするものは何だと思うか?」などがトピックに上がります。
舞:そうですね・・・、今、日本人は大きな混乱の時期にあります。戦後、熱心に働くことは社会にとって価値のある存在だと示す一つの方法でした。そのため、人々は休息を取らないライフスタイルになり、過労死のほか、仕事に追い詰められるあまり自殺する人が現れています。
オリバー:過労死ですか?
舞:はい。その後、人々は孤独を感じ始めました。社会からの孤立です。
オリバー:何が人を孤独に感じさせるのですか?人生の価値?もっと根本的なことですか?
舞:経済が一定の基準に達してしまうと、人はそれほどたくさん働く必要がなくなります。そういった状況で、人々は自らを評価することができなくなっていったのだと思います。あなたが一生懸命働いたら、周りが評価してくれますよね。あなたは会社や社会にとって大切な存在だと気づくわけです。
オリバー:価値観ですね。
舞:はい。価値観はとても大切です。人、家族、友人、社会にとって「つながる」という感覚はとても重要です。日本人は農耕文化に根付いていて、個人主義ではないからです。
文明が始まったとき、人々は協働していました。こうした調和の中で、時として人は際立つことを避けるのです。目立つ存在が変化を起こすものですが、日本人は従うことを好みます。論争を嫌い、東北の震災発生時も非常に礼儀正しかったのです。給水場に、文句も言わずに列を作って並んでいました。このように、日本ではコミュニティの一員であることが非常に重要なのですが、現在では孤立の問題が起きています。
オリバー:技術は人を孤立させます。ソーシャルメディアを通じて会話しているとき、実際には誰ともつながっていません。伝えきれないことがたくさんあるからです。ソーシャルメディアのメッセージやテキストメッセージなど、手段はいろいろありますが、実際のところ話はほとんど伝わっていません。
舞:世界中でいろいろなことが急速に変化しています。
日本は、主に日本人のみがいる単一文化の国です。イギリスのように、他国からの移民が大勢いるわけではありません。国内に異民族がいることで、古い概念を壊して新しい価値が生まれます。日本ではこうした機会がほとんどありません。一つの信念に基づき、議論を避けているからです。日本人にとって社会は安全で心地よく、あまり変化を起こしたくないのです。
オリバー:変化が起きるのは面白いことです。
ハーバード・グラント・スタディという76年にもわたる長期研究があります。3世代続くリサーチャーのグループが76年もの研究を続けてきたのです。着目すべきは、彼らが人間の幸福への鍵を見つけたことです。
「どんな仕事をしているのか?」「お金は?」「他者との関係は?」などを考察し、人の幸福の鍵は友人や家族との強い絆だと見出しました。
これはとても面白い発見でした。
心理学者ならこの発見を考察できますが、デザイナーだったら?
デザインを通して、何で人を結びつけますか?つながりをどのように強めますか?
今朝訪れたコワーキングスペースでは、見て回ったすべての部屋に角型の仕切られたスペースがありました。仕切りで人は断絶されたように感じます。ここには人と人の間で本質的なつながりがないのです。
私は、コワーキングスペースにキッチンを置くといいのではないかと思いました。皆が座れる場所でお茶を飲む、いくつかの長机を置いて会って話し、朝食を一緒にとり、夕方のイベントがあったりする、そういう空間が欠けていると思いました。
コミュニティ感覚を家や職場、公共の場に持ち込むとは、テクニックだけに頼る問題ではないと思います。
オリバー:デザイナーとして私は、空間と場所は人をつなぐ手段になると思っています。強引にでも他者を出会い頭に会わせる、一緒に食事し、何かをし、経験を共有させる、空間の中で関わりが生まれ、人がつながっていくところを見るのは興味深いものです。
場所を作って人をそこに入れると、結果として、さらなる感情のつながりが生まれるのです。
つながりを生むのに自然はとても良いものです。自然は、政治的でもなく、お金も関係がありません。自然は自然です。犬を周りで走らせておけば、犬があなたのところに話に来て「好きだよ」と言い、人々をつなげます。自然は万人共通です。ストレスを軽減し、回復を助けるだけでなく、私たちをつなげる、自然には大きな力があるのです。
キャンプファイヤーの周りに座っていると想像してみてください。キャンプファイヤーの周りに座り、暖かさを感じ、音を聞き、臭いをかぎ、野生の動物から守られ、料理をしているところを・・・。
キャンプファイヤーの周りに座っているとき、私たちはいつもよりリラックスでき、会話もはずみ、炎の変化や動きを見つめて、炎の力強さを感じています。そんなとき、建物のあり方にアイデアが浮かぶのはよくあることです。炎は私たちをつなげてもくれます。
今の先、私たちの仕事がどう発展していくのか、見るのが楽しみです。アイデアを持ち寄り、職場を創り出し、共に座って働く場所を人々に提供する。そこに、この魔法のような手段を人がつながるためにも使えるのです。ある人は家で働いていたとしても、グループのみんなとつながっている感覚を得られる。これは私にとって本当におもしろい挑戦です。
舞:そうですね。オリバーさんのアプローチはとても興味深いと思っています。
デザインと科学を融合させようとすると、デザインがつまらなすぎたり、あるいは論理的すぎて実践的でなかったりすることがよくあります。
ストレスを軽減するために、建物の中の緑の量に着目するといったリサーチもあります。そこでは人間の視野に入る緑の量を変えてストレス度合いを測ってみたところ、緑は10~15%で十分であるということがわかったと言っています。
しかしストレスを軽減する緑の量といっても、職場で人は移動もすれば、場所が変わったりもしますよね。それ以上に問題なのが、こうしたデザインを販売する人が10~15%という数値の結果にしがみつきすぎていることです。目先の結果にしがみつくことが最も簡単な売上の上げ方だからです。
私は、一見難しくても、究極的には空間が人に与える良い影響を見なくてはならないと思うのです。ビジネスマンが、表面上の数値だけを見て売上だけを追うのは間違っていると考えます。
オリバー:そうですね、デザインには、魔法のような不思議さがあると思います。ひたすらに正しいものを創る、適当な量の家具、色、触感、適当な数の植物・・・。
デザインが、例えば50%の緑を置いて終わり、ランダムに机を置いて終わり、なんてことにならないといいと思います。
色なども含めて優れたデザインには、まだまだ「詩的な魔法」があります。バイオフィリック・デザインは、人が一瞬でくつろげるスペース創りを手助けしてくれます。まだ見つけきれていない豊かな素材を適切に組み合わせることで生まれる魔法やクリエイティビティが、おそらくたくさんあるでしょう。
クリエイティブであること、デザイナーであること、科学のみにかたよらないこと。面白いと思いませんか。
私たちが議論しているのは世界中にあるコワーキングスペースのことです。
コワーキングスペースは、人々が参加できるクリエイティビティです。気軽に自分を取り巻く環境を発信できる今の時代においては、「楽しく、生き生きとした空間で働いています!」というメッセージをリアルタイムで発信でき、バイオフィリック・デザインの価値も表現しやすい環境にあると言えます。
デザインは、健康とウェルビーイングを伝えるうえで、まだまだ重要な役割を担えます。