千葉県いすみ市の農業従事者の想い-生物多様性とともに歩む自然にも人にも優しい農業
いすみ市には「生物多様性戦略」を受け入れて、有機農法への転換に賛同した農業従事者やもともと自然農法で農業をスタートさせた方など、それぞれが独自の考えを持ちながら農業と向き合っています。今回は3名の生産者の方にお話を伺いました。
No.1 久我農園:久我徹雄さん
自然に任せられるところは受動的に、コントロールできるところは能動的に
有機農法と慣行農法を両立している米農家の久我農園。父の背中を見て育ち、一度は東京に出たものの、いすみ市に戻り、米農家を継いだ久我徹雄さん。音楽をこよなく愛し、収穫祭と称してフェスを開催するなど活動的。そんなエンターテインメント性が有機農業にも生かされているようです。
今回、お邪魔したのは、農薬も化学肥料も使用しないで栽培しているにんじん畑。
このにんじんは、有機米「いすみっこ(R)」同様、いすみ市の給食に提供されています。
「もともとは米農家なので、いすみ市の有機給食米「いすみっこ(R)」を中心に栽培しているのですが、野菜の栽培も少し行っています。いすみ市は気候もよく、有機にんじんの栽培にとって、環境がいいと思います。無理なくできる野菜の品種といえますね。
いすみ市の掲げる米の有機転換施策には、昔から無農薬の米を作っていた経緯もあって、賛同しました。子供たちの給食に提供するというコンセプトもよかったですし、農家としては買取が約束されていたのも大きいです。もちろん、農薬や化学肥料を使わなくていいのであれば、そのほうがいいですよね。でも、広大な水田を老夫婦が営んでいる農家などは、同じことをするというのはなかなか難しいように感じます。有機栽培はある程度の広さまででないと管理が大変。人手も集まりにくい現状ですから。私は慣行栽培、有機栽培のどちらの農法にも携わっているので、常に思想は中立でいたいと思っています」
生き物の生態をきちんと把握しコントロールする
久我農園の現在の作付け面積は15ha。内、有機栽培米は3ha、減農薬が10haという割合。有機栽米をジャンボタニシの特性を活用しつつ栽培している、久我さん。まさに「いすみ市生物多様性戦略」に沿っているように思います。
「実は、水田にタニシが登場したのはここ10年です。ジャンボタニシというのは、外来種のタニシで、食用で輸入されたものが水田に撒かれ、繁殖し続けているんです。でも、タニシは、草を食べるという特性があります。そのため、雑草を食べてもらうように排除していません。ただし、水のコントロールは必要です。タニシが多すぎると、雑草のみならず、稲も食べてしまうので、状況を見つつ水位を調整し、快適ではない環境を作り出さなければいけません。ここが結構なポイントだと思います。農法としてタニシを活用しているというよりも、そこにいる生物が役に立つ部分は活用しようというスタンスです。ほかにも水が張っているとカエルが生息しやすく、稲にとっての天敵であるカメ虫を食べてくれるので、まさに自然の摂理に助けられていると言えます」
農業をプロ農家として継続していくためには、「心のゆとりも必要だ」と語る、久我さん。
「給食米の取り組みが全国的に注目されたことを武器に、いすみ市の様々な農業従事者が手を取りあって、この地域の農業を支えていけたら最高です」
No.2 はちべえ農園:松崎秋夫さん
減農薬栽培の苺ハウスで受粉もダニ駆除も生物特性を活用
大学卒業後、地元いすみ市に戻り家業を継いだ、松崎秋夫さん。すでに農業歴は24年です。
今回は、「はちべえ苺農園」に取材に伺いましたが、本業は米農家。しかも、「はちべえ」の屋号は江戸時代の慶長年間から約400年の歴史を刻み、今では「八米(はちべえ)」というコシヒカリの名称にもなっています。
松﨑さんが試験場として栽培を開始したという苺栽培についてお伺いしたいです。
「現在このハウスでは、『紅ほっぺ』『章姫』『やよいひめ』『ふさのか』『恋みのり』の5品種を栽培しています。それぞれに味わいは異なるのですが、苺狩りをした方々に聞くと、好きな品種が分かれるのが興味深いですね。そもそも米農家が本業の私が苺栽培に携わったのは、基盤整備事業の一環です。まさにゼロからのスタートでしたが、携わるからには成果を上げるべく、様々な手法にチャレンジしています。
はじめは、ミツバチに受粉を託していたのですが、なぜか上手く活動してくれませんでした。曇りだと驚くほどに動かないんです。受粉用のミツバチも購入していますから、仕事をしてくれないと話になりません。そこで、次にチャレンジしたのが、クロマルハナバチ。ミツバチよりも大型で、一般的には社会性が低いと言われているのですが、思いのほか積極的に受粉活動をしてくれました。寿命が30-45日と短いのですが、相性が良いようなので、今ではシーズンに3クール、クロマルハナバチに頼っています。」
いすみ市の有機米の取り組みには初期から参入
「苺の栽培においては、完全有機栽培に移行するのが、なかなか難しいです。ただ、できる限り、農薬を使用しない方法を模索しているというのが正直なところです。例えば、苺の葉裏に寄生する害虫対策として、農薬ではなく、あえてダニ(ㇼモニカスカブリダニ)を放つことで、減農薬を達成しました。生物の力というか、特性をうまく活用するようにしています。
米農家としての視点からお話しますと、農協役員をしていたこともあり、いすみ市の有機栽培米への挑戦のタイミングから父も私も携わっています。裏作でブロッコリーを栽培してみるなど、色々な過程を経ての今があります。お米の作付け面積としては全体では38haですが、有機栽培米は1.5haです。もちろん、農薬を使わないですべてがうまくいくのであればいいのですが、そんなに簡単なものでもありません。私は、農家として求められるお米を作っていくことが大切だと考えています」
最後にいすみ市の自然や生き物への想いをお聞かせください。
「私は山の中の家で自然に囲まれた幼少期を過ごしました。そんなこともあり、自然があるのが当たり前なんです。子供のころにいた生き物がいなくなってはいますが、いなかったものも見かけることもあります。いすみ市の今の状態がキープできればいいなとだけ思います。ないものを無理に作るなど、多くを望むことはしません」と松﨑さん。
長きに渡り、「はちべえ」の屋号とともにこの地を守り続けている、松﨑さんならではの思想を伺うことができました。
No.3 つるかめ農園:鶴渕真一さん
こだわらないことにこだわり自然農法で稲を育む
つるかめ農園の鶴渕真一さんは、農業を開始して8年。まったくの異業種から、自然農法で行う農業へ足を踏み入れました。
「もちろん、最初は師匠の教えを受けつつの挑戦で、方法論を学びました。しかし自然と向き合う中で、やはり臨機応変さが大切だなと。そこから、“こだわらないことにこだわろう”と決意したんです」
つるかめ農園の作付け面積は6.3ha。すべて自然農法によって品種の異なるお米を栽培しています。自然循環米「つるかめのおこめ」についてお聞かせください。
「すごくシンプルです。自然の力で稲に育ってもらうというだけなんです。農薬も化学肥料も有機肥料も与えません。太陽の光に、空気、水、土、そして生き物の力。それら自然の恵みのエネルギーを纏った稲はとても強くなります。自然のエネルギーに逆らうことのない栽培方法です。
時には、外来種のアメリカザリガニの繁殖で悩まされることもありますが、水の調整によって対策をとっています。今、つるかめ農園では、自然農法で4種のお米を栽培しています。栽培方法は同じなのですが、稲の品種によって、ぜんぜん性格が違うんです。成長速度も背の高さも耐久性も違うんですね。まさに人間と同じひとりずつ異なるといってもいいと思います。
さらに土の性格もあります。なので、稲と土の相性をしっかりと把握しながら栽培を行っています」
細菌も虫もすべてが共存することが何より大切
「この田園風景には目には見えない微生物や細菌をはじめ、様々な昆虫や生物が生きています。そんな中で、人間だけが自分たちの食べ物を作るために、他の生物を排除するというのはおかしいと思うんです。なので、私はどんな生物に対しても『害虫』という言葉は使いたくありません。自然界の中で、生きているものがすべて対等であるべきだと思うからです。
そのため、あぜ道の雑草を刈り取るときも、昆虫が生きやすいようにバランスを見て雑草をあえて残しますし、もちろん農薬などは使用しません。しかし、農薬を否定するわけではありません。現実、この世の中から農薬がなくなると食料危機が起きることは間違いありませんから。すべてにおいて、多様性という理解です。
私の手掛ける循環栽培という言葉によって、きれいに円を描くような自然の流れを想像される方もいるかもしれませんが、そうではありません。光合成細菌をはじめ、数えきれないほどの土に宿る栄養素も含め、複雑な編み目をお互いに張っているという言い方が近いでしょう。何か一つが何かを助けるという法則ではないのです」
つるかめ農園では、栽培したお米から、甘酒や日本酒、そしておせんべいなど様々な加工食品を展開、オンラインでの販売も行っています。
「日本人のソウルフードとして、もう少しだけお米を食べてほしいです。あと、一人年間5㎏食べる量を増やしていただきたいです。そうすると米農家は大変確かります」と鶴渕さん。
まだまだこの先も栽培農地を広げていくことに意欲的な鶴渕さんの活躍に注目です。